トップに戻る 2025年に登った山リストへ戻る 山名アイウエオ順
→0:05→ 最初のアンテナ施設 →0:05→ 華山山頂 →0:20→ 華山西の岳登山道入口
→0:15→ 華山西の岳山頂 →0:20→ 華山山頂 →1:00→ 神上寺 →0:10→ 駐車場
駐車場向かいにある「近松門左衛門出生伝説地」の案内板を見て、登山を開始。華山まで2.9kmの案内を確認し、仁王門へ向かいます。足元の石段は、以前と比べてやや荒れているように感じました。仁王門では、右の阿形、左の吽形の金剛力士像を眺めます。やはり迫力があります。
仁王門をくぐって進むと、本来の参道が通行止めになっており、車道へ迂回するよう案内されていました。以前の水害の被害が大きかったようです。車道を進み、本堂の駐車場を抜けて、本来の参道に合流。道案内の石仏に頭を下げながら、石段を登ります。
間もなく御成門に到着し、さらに白壁の脇を登って本堂前に着きました。本堂とその上に建つ大師堂に参拝し、華山へ向かいます。なお、本堂の向かいに祀られている三十三ヶ所霊場は、下山後にゆっくり参拝することにしました。
沢に架かる木の橋を渡り、木製の階段を進みます。登山道はつづら折れのように左右に折り返しながら、高度を上げていきます。字がかすれた案内標識を過ぎ、木漏れ日が差す登山道を進んでいると、神上寺から1.4km、華山へ1.5kmの案内標識がありました。もうすぐ中間点を通過するはずです。
この先からしばらくは平坦な道となり、途中で巨岩や巨石を鑑賞することができました。さらに進むと、再び字がかすれた案内標識の場所に着きます。ここでは、右上にプラスチック製の階段が続いていました。このプラスチック階段は、鉄塔の巡視路用のものと思われます。下山時にプラスチック階段を登ってきた方にお話を伺ったところ、坂の傾斜がきつく、大変だったとのことでした。安易に別のコースへ入らない方がよさそうです。
再び木製の階段になり、高度を上げていくと、山頂まで0.5kmの案内標識を通過。この先で中宮への分岐に着きましたが、そのまま山頂へ向かうことにしました。さらに高度を上げると、山頂まで0.3km地点を通過し、間もなく岩屋観音に到着しました。
登山道を離れて右の岩屋へ向かい、観音様へ参拝。多くのお願いをしました。登山道に戻り、最後の坂に取り付くと、アンテナが建つ広場に到着しました。南側には、ハンググライダーの飛び立つ施設が見えますが、現在は使用されていないようです。眼下には、本日の出発地点である道の駅「蛍街道西ノ市」が見えました。昨日登った狩音山、その左に竜王山、さらに左には勝山と四王司山がそびえています。
景色を堪能した後、西の岳へ向かいます。この西の岳は、仲哀天皇の殯葬所です。東屋の裏から木製の階段を下れば作業道に合流できますが、当日はこのルートを忘れていたため、元来た道を引き返し、作業道に合流して左折しました。そのまま道なりに進むと丁字路に着くので、分岐を右折。この先のY字路は、中央の山道に入ります。
この入口には、「仲哀天皇殯(葬所)0.2km」の案内があり、ここから舗装路を離れます。道なりに進むと、途中でベンチがありました。この手前に右上へ続く道を見つけたので、進んでみました。途中で左上へ続く道を進むと、「西の峰 標高570m」と案内されていました。ここで引き返し、元の道に戻って殯葬所を目指します。
木製の階段を登ると、坂の傾斜が緩み、平坦な道に変わります。ここで、前回登山口として利用した歌野自然活用村へ続く分岐に出会いました。この分岐を過ぎて直進すると、進路は右へ90度変わり、この先から石鳥居を2つ潜れば、仲哀天皇殯葬所の西の岳に到着しました。なお、石鳥居には「桜井八幡宮」と彫られていました。
西の岳からは、木々の間から景色が広がっており、狩音山、鬼ヶ城などはすぐに見つけることができました。その東には勝山・四王司山が続き、眼下には菊川町の街並みが箱庭のように見えています。山頂で昼食をとっていると、単独の登山者が到着。この方は山口市から来たとのことでした。
昼食後に再度響灘などの展望を眺めた後西の岳を出発。途中で華山山頂への直登の道をとり、東屋の横から山頂に立ちました。やはり華山は展望の素晴らしい山です。華山を出発し下山途中、奥の院を過ぎた付近で男女2名の登山者とすれ違いました。女性の方から登山途中に巡視路に入って大変だったという話をしていました。
神上寺本堂まで戻り大師堂、三十三観音霊場に参拝して駐車地まで帰り着きました。次の目的地は四王司山で、登山口へ向かう途中華山全景写真を撮っていましたが、華山は見る角度によってその山容が変化し、どの方向から眺めても美しい。また、山頂からの眺めも素晴らしく、麓からの眺めも最高の名山です。
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